大正時代
明治は、45年。
昭和は、64年。
それに比べて、
大正は、たった15年。
明治の三分の一。
昭和の四分の一。
そんな大正って、
どんな時代だったんだろう?
明治と昭和のエアポケットのような時代。逆に、興味が湧きませんか?
さ、何から調べようか。
やはり、最初に大正天皇のことを知らないと、始まらないかな。
1912年 33歳で即位。
第123代 大正天皇
1926年 47歳で崩御。
病身の天皇
生誕時より病弱で、何度かの大病を克服。
精神的疾患も、危惧される。
遠眼鏡事件。
議会で、読み上げた詔書を片目に当てて、遠くを覗いたと言う逸話。
暗愚と言われる原因に。
性格
人間味豊か。
茶目っ気たっぷりに、誰にでも、気さくに声をかける。
明治大帝を理想とする、山県有朋等と折り合いが悪く、ストレスから言語障害等を発症する。
だんだん病は進んで、たった15年の治世で、最後の5年間は、昭和天皇が摂政として、執務を取る。40代の働き盛りで、悔しかったと思うよ。
GHQの占領下の日本。
昭和21年1月1日
じゃあ、それまでの昭和天皇は何だったの。
改めて、
私は人間です。
宣言したってことは?
そう、
昭和天皇は、神だったんだね。神でいなきゃ許されなかったんだ。
勿論、軍部が許さないんだね。
日清、日露戦争を勝利に導いた明治天皇と、同じ振る舞いを求められた大正天皇の心労は、どんなものだっただろう?
人間味があるのは、タブーだからね。
大正天皇の数々の歌が残されている。
非常に洗練された、愛情溢れる歌ばかりだ。
人に対する思いやりは、
教わって、身に付くものではない。大正天皇は、知性溢れる、人が好きな天皇だったのだ。
最後に、大正天皇の最大の功績をご披露するとしよう。
これは、間違いなく、
秩父宮殿下。
高松宮殿下。
三笠宮殿下。
の誕生だろう。
病弱でありながら、ご立派と言わなければならない。更に、全員貞明皇后の子供である。
皇統の存続が危ぶまれている現在から、考えても、サヨナラ、スリーランホームラン位に値しよう。
そして、昭和の激動の中で、日本を二度救うことになる昭和天皇。
二二六事件での断固たる事後処理
終戦の御聖断
この昭和天皇の決断がなければ、今の日本はあるまい。